新社会人に贈る坂本龍馬に学ぶ日本流仕事術
こんにちは @tokunoribenです。
超大地震、そして大津波、原発事故とまさに未曽有の大災害が日本を襲う今日この頃でありますが皆様いかがお過ごしでしょうか?
ただでさえ不安の多い新生活、このような国難が度々襲うとなればその不安も一層募るというもの。
きっと本日の入社式や入学式では「まさに激動の時代である」と日本有史以来安定感のあるいつものお決まりのフレーズで檄を飛ばす社長や校長の姿が日本各地でみられることでしょう。
さてさてビジネス誌等々のアンケートによりますと、ビジネスマンや学生が尊敬する歴史上の偉人として多くの場合一位は坂本龍馬になるそうです。
なるほどたしかに。龍馬伝、去年流行ってましたよね。福山雅治かっこよかったですよね。
僕も坂本龍馬好きで「おーい 龍馬」なんかは全巻コンプリートしていて実家に帰る度に全巻読みなおしていたりします。
激動の幕末時代を駆け抜け、脱藩浪人ながら近代日本へと続くひとつの革命ともいうべき分岐点をつくった坂本龍馬という人物は古来より日本人に深く愛されてきた人物でもあります。毎年激動の時代がやってくる日本においてはなおさら強く人々の心を打つのでありましょう。
しかしながら 坂本龍馬が実際何をしたのか、という問いに対して正しい評価を下している人はどれくらいいるのでしょうか。
いまでこそ幕末の志士といえば坂本龍馬ですが、坂本龍馬が評価されるのは後世の創作物によるところが大きいです。
坂本龍馬が今のようなイメージをもたれるようになった理由の大半は司馬遼太郎の『竜馬がゆく』によるものと言えるでしょう。
つまるところ坂本龍馬という人物は実際の仕事の成果に対してバブルであり、その人の生き方やエピソードを踏まえて過剰評価されているといってもいいでしょう。
実はここに我々新社会人が学ぶべき日本流「デキる仕事術」へのヒントが隠されていたのです。
今日はそんな坂本龍馬に学ぶ仕事術をまとめておきますので、これから始まる40年間の社畜人生の一介の指針となれば幸いです。
1.昔はダメ人間でしたアピールを怠らない
坂本龍馬と言えば幼い頃は勉学も武道もサッパリで、どうにもならないガキだったというエピソードが有名です。また、くせ毛がひどかったとか蜘蛛が大嫌いだったとかお茶目なエピソードにも事欠きません。
実はここに大きな秘訣が隠されているのです。それが「昔はダメ人間でしたアピールを怠らない」という点です。
日本人は出る杭は全力でたたきのめす文化なので、完璧超人や努力せず成功した人というのが大嫌いです。皆、「成功した者はすべからく努力していなければならない」という歪みきった嫉妬心が染み付いています。
だから、僕たちも坂本龍馬を見習って昔は自分はダメ人間でした、苦労を積み重ねたおかげでこんな偉業が達成できましたアピールを欠かさないようにしましょう。
実際人生の成功なんてぶっちゃけ生まれた環境やそれまでの経験で9割決まってるので、負けが込み入った人がある日突然逆転なんてことはありえません。大多数の成功者は「ぶっちゃけ特に苦労して努力してるなんて思ってないし、これが当たり前だと思ってる。」というのが本音です。
でも、そんなこと言ってはいけません。そんな奴は日本では「アイツはダメだ」レッテルを貼られてしまいます。
また坂本龍馬が脱藩浪人というのもポイントが高い点です。現代でも元無職、元フリーター、元ニートからの逆転は有無を言わさず多くの人の共感を手に入れます。最近だと元暴走族なんかもポイント高いですね。
卑下されるような過酷な環境にいたんだから成功するためには人一倍努力したに違いない、という思い込みが日本人の嫉妬心を中和してくれるのです。
だから、あなたも坂本龍馬を見習ってに今のうちに昔はダメ人間でしたアピールのネタを頑張って仕込んでおきましょう。
一流企業に入社される人生順風満帆の皆様は、すべからく特に思い当たるフシがないと思いますので、とりあえず「学生時代は遊んでばかりでした」というフレーズを使われてみてはいかがでしょうか?
2.全体の公共利益追求アピールを怠らない
現代の日本人で坂本龍馬を例えるとしたら誰ですか?というアンケートに対して1位を獲得したのは、毎週龍馬伝前になるとお茶目なツイートを繰り広げていたことで有名な某通信会社の社長ですね。
社長は昨年度最も輝いて人にもノミネートされており、果たしてその輝いていたというのが、精神的に輝いていたのかそれとも肉体的に輝いていたことを指すのかは今もなお物議を醸している最中でもあります。
さてさて坂本龍馬が「わしゃ、幕府とか藩とか旧体制の利権をぶっ壊して、新しい日本をつくりたいんじゃ」と言いながらも武器商人のグラバーと結託して薩長同盟をたきつけて裏では海援隊をこきつかって闇兵器を横流ししてゴッソリ荒稼ぎしていたという疑いようもなき史実が示すように、ここに坂本龍馬から学ぶ本音と建前という裏と表を使い分ける日本流仕事術があります。
だから僕たちも坂本龍馬のように常に全体の公共利益追求を周囲にアピールしておく必要があります。
なので冒頭の某社長も
「わしゃぁ 、日本が好きだ。日本のために光の道をつくりたいんじゃあ」と涙ながらに光の道などという夢物語政策を語る一方では
「光の道で手に入る通信料収入考えてみぃ、もはや光の道どころか金の道やああああああ!!!!!こんなもん笑いがとまらへんでえええええ!!!!!・・・・ビクンビクン・・・」
などということになってるわけですね。
まさに現代版坂本龍馬というにふさわしい高度なテクニックです。尊敬される経営者として毎年名を連ねるだけのことはありますね。
社会の荒波にすでにたっぷりと揉まれている皆様は「ぶっちゃけ世の中金だろ」という世の中のどうしようもない至極真っ当な真理にすでにお気づきのことだと思われますが
先程も申し上げました通り、この国では苦労を積み重ねたり公共利益を追求することが何よりも美徳だと思われていますので
「金で買えないものはない」なんてうっかり本音を言わずに「日本を元気にしたい!」とだけ言っておけば間違いありませんね。
3.「自分がやりました」アピールを怠らない
坂本龍馬の業績といえば犬猿の仲であった薩摩藩、長州藩の両者の間で仲介者として薩長同盟を成立させたという事例が有名ですが、その際に薩長同盟締結の書面に坂本龍馬の名で裏書したという史料がこの薩長同盟における坂本龍馬の活躍を裏付けていることになっています。
しかしながら実際薩長同盟の構想からディレクションまでやったのは中岡慎太郎だと言われています。この事実が示していることはたとえ仕事をやり遂げたとしても自分がやりましたアピールを怠れば、それはやってないことと同じ、ということです。
我々日本人は寡黙で実直という国民性として根付いてしまっておりますので、多くの場合得てして自分の手柄であっても「みんなのおかげで〜」というように手柄の所在を曖昧にする傾向があります。例え積極的にアピールしなくても分かる人は分かってくれる、という期待がどこかにあるのでしょう。
だからこそ、「自分がやりました」というアピールは非常に重要な意味を持つのです。
「仕事をする」ことが大事ではなくて「仕事ができそう」に思われることが大事だからです。
仕事というものは一人で成し遂げることは不可能で、多くの人の協力があってこそ成し遂げられるものです。
無論、リーダーや立役者となる人は存在するわけですがその人だけの力で成し遂げることは不可能です。
結局、仕事はみんなが携わってこそやり遂げることができるのです。だからこそ貢献度の違いこそあるもののの誰がつくったとか成し遂げたというのもないのです。
それに増して重要なことは周囲はあなたがどんな仕事をしているか知らないということです。例え同じ会社の人あってもいちいちその人がどんな仕事をしていて、何に携わっているかなんて詳しく知らないのです。まして会社が違う人同士になれば一切わかりません。
だから結局、目立ってた人、自分がやりましたアピールを怠らずに続けていた人が事実がどうであれ時とともにその仕事を中心になってやったということになっていくのです。そしてそのような「仕事ができそう」に思われた人にはまた新たな仕事が舞い込んでくるという仕組みなわけです。
無論、真実を知ってる人から見れば「いやいやいや、それはおかしいでしょ」ということもあるかもわかりません。
しかしながら世知辛い今の世の中全員に好かれるのは無理なので、それはもう敵かなんかだと割りきっていずれ粛清してしまえばよいでしょう。この国は声がでかい人間が強いのですから。
だから皆様も先人の叡智に学び
例えば
「◯◯は私がつくりました」「△△の設立者」などというフレーズを用いて常日頃から周囲にわかりやすくアピールしておくのがよろしいでしょう。
(例:imode、R25、民主党、事業仕分け、など)
また新しく社会に羽ばたいていく新社会人の皆様は特にまだそういった機会がないと思われますので、「学生時代は◯◯の代表でした、△△を立ち上げました」などと言っておけば「意識高い〜」などと言われること請け合いですね。
以上、最後に仕事術をフレーズで復習しておきましょう。
「学生時代は遊んでいました」
「日本を元気にしたい」
「〜の代表でした、〜を新規に立ち上げました」
あれ、そういえばなんだかこんなフレーズ言ってる人、毎年いっぱいいましたっけ?
確か、しゅうしょくかつどー、って言うんですよね。
なるほど、時代が変わってもこうして坂本龍馬しかり幕末の志士のDNAは今も脈々と受け継がれているのですね。
いやぁ、日本の未来は明るいですね。