読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

サンマ一匹食うために4時間並ぶようになったら人生終わりだと思う。

人生論

こんにちは

@tokunoribenです。

今日は旧友とお祭りに行ってきました。

6000匹のサンマの無料配布に貧民3万人が群がるという浅ましいイベントです。


例にもれなく貧困層に属する僕は、この機会を逃すまい、と久しぶりの旧友との再開を兼ねて目黒へ向かいました。

10時過ぎに友人と待ち合わせたころには、すでに長蛇の列が。

ん、でもこれくらいなら並べそうだと列をたどっていくとそこは1km以上に登る長蛇の列が。

普段なら、その列を見ただけでゲンナリして帰るところか何らかの抜け道を考えるべきだったのですが、ついつい友人との話が盛り上がってしまい、これくらいなら我慢できそうかな、と思ったのが運の尽き。

延々と4時間近く並ぶことになりました。

サンマ一匹のために。



列に並んで1時間。

話が弾んでいたせいか気がつけば時間が経っていました。まだまだ列は長そうです。
近くに並んでいる子供たちも無邪気で微笑ましいものです。


列に並んで2時間。

だんだん話題もなくなってきます。突発的に思いついた話題を振っては沈黙の時間が続きます。
列に並んでいる周囲の子供が泣き始めます。無理もありません。この炎天下に2時間も立たされているのですから。


列に並んで3時間。

自分はなぜこの列に並んでいるのか、貴重な祝日を投下してまで得たいものは何だったのか、様々な考えがグルグルと脳裏に浮かんでは消えていきます。
そもそも3時間って何なんだ。今時ディズニーでも並ばないだろ。それで並んでサンマ一匹ってどういうことだ。100円で買えるだろ。おかしいだろ。


列に並んで4時間。

目の前には美味しそうなサンマの匂い、ああきっとこのために今までの忍耐があったんだな。並んだ甲斐があった…
かゆ
うま
………

しかし、僕はその美味しそうに焼けたサンマを貧民たちに混じっておいしいおいしいと言いながら貪り食っているときにはたと気がついたのです。


僕はこの4時間をいったい何のために使ったのか、と。途中でやめるべきだったのではないかと。

並んだ甲斐があった、と言っているが、たかだか100円程度のサンマを一匹食うために4時間も並び続けた自分を正当化したかったのではないのか、と。


こうした現象は「投資しすぎて、引くに引けなくなってしまった症候群」とでも言うべきでしょうか。

「何かを決める際には、過去にどれだけコストを考えたかを考えに入れるべきではない」— 多くの人はこの原則を知っています。

けれどもこの「投資しすぎて、引くに引けなくなってしまった症候群」はかなり強力なものなのです。

何事も長い間努力や苦労を重ねてくると、つい人はその事実を正当化したくなり、自分自身にも周りにも「これはなにか価値や意味があるはずだ」とか「だからここまで賭けたのだ」と言ってしまうようになってしまうようになってしまいます。

そう、サンマ一匹ごときに4時間並ぶ正当性なんてどこにもないのです。けれども、ここまで並んだのだからきっとうまいだろう、だとか適当な理由をつけて僕は自分を正当化していただけだったのです。


時間は有限です。

私たちは自分の時間に対する感度を上げなければいけません。

時間の重要さをだれにも負けないほど認識し、限られた時間を最大限に活用する意識をもたないといけません。

僕は最近、人の金銭感覚よりもこの時間感覚のほうが、ずっと個人差があるのだ、と思います。

時間は万人に平等に与えられますが、お金は生まれや運や努力で絶対量が変化します。

しかしながら、何か志を達成するために必ず必要になってくる手段がお金と時間です。

でも、両者が重要なのにもかかわらず、ダメな人に限って時間をお金ほど大切にしていません。

若いうちから大きな志を立てて実現のための計画をたてている人は、志を実現するためにやるべきことがたくさんあります。つまり相対的に他の人よりも「時間がない」ということになります。

したがって、そのような人たちの「時間感覚」は若いうちから研ぎ澄まされています。そう考えると「若いころから志をもっている人の方が大きなことを達成できる」というのは実に理にかなっています。

人生の時間の大切さに早く気がついた者が勝ちです。志を成し遂げた人は、例外なく時間を大切にしてきた人たちです。

間違っても無料のサンマ一匹のために4時間も並ぶような時間感覚の人間が志を成し遂げられるような人間ではありません。


その事実をつきつけられ僕は自分を恥ずかしいと思いました。


そしてもし自分に子供ができたら、絶対このお祭りに連れていこうと思いました。


100円程度のサンマを巡って延々と4時間程度並ぶ浅ましい列の姿を目に焼きつかせたあと、家で美味しいサンマを焼いて、お腹いっぱい食べさせて、その後の時間でゆっくりと自分のためになることに打ち込む時間に使ってもらいたい、そう強く思いました。


僕と同じ失敗を子供には繰り返してもらいたくありません。間違ってもあの列に並び、泣きじゃくる子供をなだめすかして列に並ばせていたような父親のような人間にはなりたくないと思いました。


そしてまぁこんなことを徒然とブログに書いている自分はいつまでたっても「投資しすぎて、引くに引けなくなってしまった症候群」から抜け出せないんでしょうね。


あ、サンマはメチャクチャうまかったです。

もっともそれが四時間並ぶに値するかはあなたの人生次第でしょうけども。

皆様も来年はぜひ4時間並んでサンマを食べてみてはいかがでしょうか。