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ぶっちゃけ人生の9割は血筋と育ちで決まる。

人生論

こんにちは @tokunoribenです。

最近家に帰ってテレビをつけるとよくガッキーが主演している全開ガールというドラマをやっています。



面白くもなんともないんですが、ついつい見てしまうもの何ですよね。これが月9枠というやつでしょうか。

このドラマのあらすじなんですが、キャッチコピーに

「金なし、学なし、イクメンの星? そんな男、問題外でしょ!」

とあるように、山形県の極貧層から蛍窓雪案の血のにじむ努力で東大法学部・主席卒業・司法試験ストレート合格を成し遂げ渉外弁護士として華やかしい人生を歩み始めたはずのガッキーが、様々なドタバタ劇の末、何をどう間違ったか、自分の本当の気持ちに気づいたとかなんとか言って最終的にはバツイチ子持ちのフリーターと結ばれてしまうというハートフル恋愛ドラマになっています。


一般常識的にいえば渉外弁護士とか国際弁護士といえば、年収数億円以上が当たり前の狭き門オブ狭き門の超絶エリートでなので、無学歴・バツイチ子持ちのフリーターとは同じ空気を吸うことすらも許されないような世界で生きているような人達です。なので、バツイチ子持ちのフリーター演ずる錦戸亮が渉外弁護士演ずるガッキーと一線を越える関係になるのだとしたら、それはもうドラックか何かか、あるいは超絶のテクニックと自慢の御子息でガッキーを骨の髄まで篭絡させた可能性を疑うべきでしょう。

それはそれでなかなか面白そうなドラマになりそうなのですが、そうはならないのが安心の月九のドラマ。

頭は切れるけど多少性格に難有りの絵に書いたような恋敵のイケメン弁護士が、君の思いには負けたよとか、なんとか言って最終的にガッキーが結婚式を抜けだして錦戸亮と結ばれるシーンなんてもう、まさに日本の恋愛ドラマの黄金率とでもいうべき安定感がありますよね。

きっとこのドラマを見た多くの日本人は「やっぱり、自分の気持ちに素直になるのが一番ね!」などどハートフルな気分でテレビのスイッチを切ることだと思います。

しかしながら、このドラマはその一方でまた私たちにある種の真理を示してくれました。


それは「ぶっちゃけ人生の9割は血筋と育ちで決まる。」ということです。

ガッキーは血筋や育ちこそ恵まれなかったものの立身出世を成し遂げ、見事渉外弁護士という成功を勝ち取り、プライベートジェットだの、年収100億だの、金持ちでイケメンの旦那さんなどを夢描いてましたが、結局は自分が生まれ育ったような層に属する底辺層の錦戸亮に惹かれて結ばれました。努力して栄光を手に入れたものの、結局自分の根底にあった価値観とか判断基準とかは変えられなかった、ということです。もはやだめんずうぉーかーであればぶっちぎりで永久殿堂入りしてしまうレベルです。

日本人はどうもこの種の言葉が癪に障る見たいで、直感的にすぐにそんなことはないとか○○はどうだったとかあれこれエピソードを出してきては努力次第で人生は変えられる、人間は変えられるんだと否定しようとします。

もちろん、僕は名門でも名士出身でもなく地方の貧民層出身の立身出世を夢見る若造なので、ぶっちゃけ血筋とか育ちとかで人生決まるよね、なんて言われた日には何いってんだこいつとか思うことうけあいなのですが、よくよく考えてみると、実はこの言葉はかなり核心をついた言葉なんだなぁ、と最近思うようになってきました。

具体的なエピソードをブログに出すとそれは特別例だ、とか、極端だ、とか堂々巡りになるのは目に見えてるので、今日は皆さんも自分で調べてみましょうか。

試しにmixiで中学時代とか高校時代の知り合いや友達の現在を検索して現在の彼らを見てみましょう。

何となく、コイツはダメ人間だったなぁ、とか、できるやつだったなぁ、、とかいろいろ印象に残ってるものがあると思います。

そしてそんな彼らの現在の結果を見てみましょう。彼らの人生はあなたのだいたい予想通りの人生になっているはずです。

もしくは、同僚や経営者をfacebookなんかで検索してみましょうか。

やっぱりこの人なんとなく頭いいな、できるな、気品があるなって思った人ってそれなりの大学を卒業していたりや教養の経験を詰んできたり、イケてない人はそれはそれでそれなりの感じで人生を送ってきている感じだと思います。

あえて抽象的に書きましたが、実際にやってみるときっと皆様も何か自分の中で「あるある」的なものを感じてくれたと思います。

そう、「ぶっちゃけ人生の9割は血筋と育ちで決まってしまう」のです。

正確に言うとその人の人となりや人生を印象付けるのは血筋と育ちによるところが大きい、というべきでしょうか。

日本の国民教育の師父であり、日本の誇る哲学者である森信三氏はその著書、修身教授録の中でこう述べています。

血と育ちに根ざす人間のあくというものは、どうしても諸君らのような若い頃から、深い決意を持ってその除去に取り組むので無ければ、おそらくは生涯かかっても、抜き去り得ないでしょう。
(中略)
実際に気品というものは、人間の修養上、最大の難物と言ってよいからです。それ以外の事柄は、大体生涯をかければ、必ずできるものですが、この気品という問題だけは、容易にはそうと言えないのです。
修身教授録 (致知選書)


そして経営学者のピーター・F・ドラッカーも人間は大概のことを身につけることができるけれど、品性だけは簡単に身につかない、と同様な内容を述べています。

またソースは忘れましたが、人間の人となりはその人の19歳までの原体験で全て決まる、というような話もあったような気がします。


社会で成功したい、幸せな人生を過ごしたい、とは誰しもが願うことですが、その実現にあたっては自分が思っている以上に自分の血筋と育ち、というものが影響してくる、ということです。

このブログを読まれているようなハイソな読者の皆様はそれなりに人生経験や学を積まれてる方が多いと思いますので、自分の人生を振り返ったときに、自分の血筋や育ち、そしてそれから生じる気品なるものについて何らかの思い当たる節があるのだと思います。

たぶん、良いものであれ悪いものであれ、それはこれから一生変わらないと思います。

自己啓発本とか自己啓発セミナーとか、読んだって変わらないでしょう。

人生が変わる何とかの法則とか、買って読んで人生変わるなら、毎年同じような本出ませんよ。

本屋で平積みになってるような本読んだだけで人生変わるなら苦労しないって。

ましてやインターネットで出回ってる情報なんかで変わるわけないだろ。

なんだよ。〜まとめ、って。本を読む時間と金すら惜しんで、ネットで誰かがちょろっとまとめたのを読んで人生変わると思ってるならほんとおめでたい。

そうやって一生同じようなこと繰り返して、最後は「穏やかに人生を終える方法まとめ」とかevernoteとかはてブに保存しちゃうの?

みんな変わらないから、似たようなものが永遠に世に出まわり続ける。

実に虚しい。そしてなんだかんだいってそういうのを追い求めちゃう自分も辛い。

自分の人生の積み重ねを覆すのは想像以上に困難です。