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レジを打つ機械。飯をつくるマシン。綺麗事をつぶやくロボット。

炎上論

コンビニ店員が冷蔵庫に入って炎上した事件を契機に発生した、一連の飲食店での店員の不届きな行為による炎上事件は突如として発生した匿名掲示板での個人情報流出事故により、絶対安全圏から一方的に火を焼べていたはずの同じ底辺層まで火の粉が降り掛かり、これまた時を同じく勃発した現代の山師と似非ブン屋の間のサラエボ事件もあいまって、ウェブの世界はまるで世紀末かのごとく荒廃した様を呈してきた。

実に生きにくい世の中だとひとえに悲しみを禁じ得ない。


ただ正直な話、僕はある種、とても人間くさいこれらの行為をみて少しだけほっこりしたのだ。



何かで見たが、はじめてコンビニでアルバイトをした人間がショックを受けるのは、

「客の99%は、レジの向こう側にいる店員の目を、顔を一切見ない。」ということらしい。

 客は自分が手渡す商品を見て、財布の中身を見て、お金を出して、トレイに置いて、受け取ったおつりを見て、ビニール袋に入った購入済みの商品を見ながら受け取って、きびすを返して出口へ向かう。店員には一瞥もくれない。まさにコンビニに用はあっても、コンビニの店員には用はないと言わんばかりである。カウンター越しに相対しているのに、顔を一瞥すらされないというのは、もはや店員は人ではなくレジを打つ機械くらいの存在である。


炎上事件がおこった一連のチェーン店の飲食店でもそうだ。


店に入り、決まりきったメニューを差して、アルバイトが決まりきったフローでつくった飯を平らげて、決まりきった会計をして出て行く。誰が何を食ったのかもわからない。

そこにいるのは、料理人でも何でもなくて、飯をつくるマシン、だ。

商行為は本来人と人のやりとりである。そのコミュニケーションに楽しさを感じるときもあれば、意見のすれ違いに時に煩わしさを感じさせることもある。

その煩わしさから解放されるために日本では人に機械やマシンであることを求めた。そして綺麗事を繰り返しつぶやくロボットであることを求めた。

その結果、コミュニケーションコストが激減し、我々は世界の中でもずばぬけて高品質なホスピタリティを安価で提供することができた。

ところが、それら機械やマシンが突如として人間に反旗を翻して冷蔵庫に入り、食材で遊び、ロボットが綺麗事ではなく罵詈雑言を言い放ったのである。

ただ当たり前のことだが、公としての彼らは機械であることを求められるが、公である前に私としては1人の生きる人間なのだ。

イエスが弟子たちを連れて日本を闊歩していると一台の機械が民衆から火を焼べられていた。

なぜこんなことをしているのかと、弟子が民衆の一人に問うと、「この機械は冷蔵庫に入り、食材で遊び、ネットで罵詈雑言を吐いたからだ」と答えた。
それを聞いたイエスは民衆にこう言った。「ならばしかたがない。続けなさい。」

そしてこう続けた。「ただし今まで客には言えないような行為をこっそりしたことや、誰かの罵詈雑言や陰口を言ったことのない人間だけがこの機械に火を焼べなさい。」

民衆は、とまどい、やがて一人また一人とその場を離れ、火を焼べているのは2ちゃんねらーだったイエスただ一人だけとなったが、個人情報が流出して本人特定されてしまいイエスもその場から去っていった。


そう、彼らだってお客と同じように生きている人間なのだ。

それどころが彼らはコンビニや飲食店でたった1時間あたり1000円かそこらの報酬のために、昼夜逆転生活を余儀なくされ、大資本の前に人生をすり減らす底辺層なのである。


どこか日本以外の別の国に行ったことなら誰でも気がつく。底辺層が行く店はたかだが数ドルかそこらの物や飯を買った人間ににヘコヘコなんてしない。

無言で商品を紙袋に投げ込んで気怠そうにレジを打ち込む。そんなところで労働の質を上げて機械やマシンになることを恥ずかしいとさえ思っている。

世界では相応のサービスをうけるためには相応の対価が必要なのだ。そして受ける側にも相応の振る舞いが求められる。


例えば、欧州では「階級の高いところではそれにふさわしいサービスが受けられる」という裏には「階級の高い人は、階級の高いなりの振る舞いが求められる」という前提がある。振る舞いとは例えば身なり服装であったり、仕草や言葉であったりだが、店員に対しての態度もそうだ。

階級の高い人は身なりがきちんとしているし、丁寧な言葉遣いを心がける。サービスが良ければチップを払う。かりにサービスレベルがいまいちだったとしても、店員相手であろうと暴言を吐いたりしないし、失礼な仕草で呼び止めたりせず、それ相応のやんわりとした立場の示し方がある。高いホスピタリティを受けられる階級にいる人には、それなりの義務も課されているのである。

日本には高いホスピタリティがあるが、この種の対称性を客側に強制するルールというのは無い。なぜなら機械に対しての振る舞いなんて誰も気にしないからだ。それが巡り回ってどこかでは自分を機械にするというのに。


同じ機械やロボット同士で私を押し殺し、互いに監視し合い、エラーを起こした機械やロボットは同じ機械やロボットに火を焼べられて焼却される。

本来、機械やロボットであることを強制される怒りを向けないといけない矛先はもっと別のところにあるはずなのに・・・

争いは同じレベルの者同士でしか発生しない。底辺層に火を焼べる人は同じく底辺層だけ。金持ちは丘の上で笑ってみている。

そしてまたこの国では今日も機械はレジをうち、マシンは飯をつくり、ロボットは綺麗事をつぶやき続けるのでした。。。

いつまでも・・・いつまでも・・・変わる事なく・・・


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山口 明雄
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