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Gunosyが苦悩しー

起業論

スマフォのアプリでGunosyを見ようとしたら、いつの間にか紙飛行機のアイコンになっていた。

そしてUIが変わりまくっていた。


正直見て思ったのは「え、スマートニュースじゃん。」って思った。

そしてそこになんとなくgunosyの苦悩が透けて見えた。




自分は割りとニュースを見るのがが好きなので昔からRSSリーダーでよくいろいろなブログやメディアを購読している。

というか、自分にとってインターネットの世界が開けたきっかけがRSSリーダーだった。

もしあの出会いがなかったら、多分今の僕は違った人生になっていたのではないだろうか。とさえ思う。


というのも実は数年前までmixiとかyoutubeとかニコニコ動画くらいしか見ない例にもれない典型的な大学生だったのだが、あまりの情弱っぷりを見かねた友人が自分のRSSリーダーのOPMLパックを送りつけ薦めたのがターニングポイントだった。




情報過多のウェブの世界で、難しいのが「セレンディピティ」と「購読」の概念である。

ウェブの王様、googleはキーワードさえ打てばどんな情報でも見つけてきてくれる。

でも、そのキーワードを打ち込むのが実はすごく難しい。

例えば、我々が新聞や雑誌とかテレビのメディアを見るときのことについて考えると、そこに「これを詳しく知りたい」という明確な目的意識を持って見ている人は少ない。

多くの視聴者が「なんとなく」見ているうちに、「お、これいいじゃん!」という偶然の出会い(セレンディピティ)を感じる、というのが、メディアの本質的な価値の根源である。

この「なんとなく」を実現するのに大事なのが、個人の一定の興味や嗜好に基づいた「購読」というアクションである。

テレビのチャンネルをあわせるのも、雑誌や新聞をめくるのも、これには一定数の当たりがあるから続けて見るに値するという信頼の上でなりたっていて、その信頼がまたセレンディピティを生むというサイクルが生まれている。

ウェブの世界だとそのセレンディピティと購読を実現するのが実に難しい。

これは、ウェブメディアの購読モデル型マネタイズがことごとく頓挫し、結局ウェブで稼ごうとしたら検索エンジンのGoogle様の顔色を伺わないと稼げないという世界をつくりあげたまさにGoogleの思惑通りといったところだろう。

そしてRSSリーダーとして最大規模にまで成長したGoogle リーダーをGoogle自らが葬ったことによってまさにGoogleの天下統一が完成したといえるだろう。


RSSリーダーが世にもてはやされたときも、このうち「購読」のところにだけ、スポットを当てているのが惜しかった。


そもそも一般ピープルはRSSリーダーの登録の仕方や仕組みがわからないし、使おうとしたらまずは自分でフィードを登録しないといけない。使えるとしても登録する先は多分自分のブックマークに入れているサイトなので、お気に入りとの区別が付かないし、試しに聞いたことのあるニュースサイトでもいれたら速報やらなんやらで普段はすっ飛ばしてるような記事までも同じような扱いで無機質なフィードで溢れかえってげんなりしたものだ。

そう、RSSリーダーには「セレンディピティ」がなかったのである。




「興味はあるんだけどうまく自分の中で言語化できない世界をどうやって知ればいいんだろう。」


僕が、ずっと考えていたことだった。

だからgunosyが初めて出たときは衝撃だった。

そもそもRSSリーダーは使わないけど、メールを毎日見る人は圧倒的に多い。

ウェブの世界で「購読」と一番相性がいいのは「メール」である。

大多数の人はRSSリーダーのフィードをどうやって登録したらいいのかは知らないが、メールマガジンの登録の仕方はしっている。

そして、本来メディアが決して知りようもなかった個人の嗜好についてはその人のソーシャルネットワークの発言を見れば書いてあったのである。

このメールという圧倒的購読チャネルと、自分の嗜好に基づいたキュレーションという「セレンディピティ」を兼ね備えた、GunosyはGoogleを超えるんじゃないかというくらいの革命だった。

だから、僕は検索ウィンドウを見れば無意識的にキーワードを叩くのと同じくらい、毎朝のメールでグノシーをチェックするのが習慣になっていた。

グノシーは僕にとって優秀な秘書が毎日欠かさず机の上に置いていく「スクラップ」だった。

だからGmailのお怒りにあってグノシーが迷惑メールフォルダにぶち込まれてたらやれやれなんて言いながら救いだしてあげてた。

でも、メールだけのサービスだと思っていたのにいつのまにかアプリが出ているし、周りで話題とか言い始めたと思ったら、いつのまにか気がついたらスマートニュースの劣化版みたいなのになってた。

まぁ、でも多分ビジネス的には成功すると思う。スマートフォンはどんどん普及していくし、スマートフォン広告市場もうなぎのぼりだ。

「そのグノシーの記事、俺2日前にはてなで見たわー 2日前から知ってたわー。俺2日前からその記事知ってたわー。」

みたいな一部のユーザーを相手にしていてもしょうがないのかもしれない。


そういうマーケットを見据えて、今回のリニューアルはビジネスとしては正しいと思うが、プロダクトとしてはおんなじ土俵にあがって追随してしまった時点で負けだと思う。

その点スマートニュースにはブレがない。

Gunosyが「スクラップ」だとしたら、差し詰めスマートニュースは「分刊紙」といったところだろうか。


リアルタイムではないにせよ、一定のリアルタイム性を持って紙面が刷新されていく。また「紙」であるから、圏外でもスイスイ読めるような仕組みもある。ついつい見ちゃうゴシップ記事のようなまとめサイトも充実している。

リリース当初、オフラインでのスマートモードの著作権がどうのこうのとか叩かれてたが、声にめげず押し切ったあたりに起業家の哲学を感じる。

マネタイズにしても、メディア側からのチャンネル追加のあたりから課金をしているのか、ユーザー体験が損なわれた記憶がない。

限られた紙面に広告スペースを追加したらユーザー体験を損ねるが、全体のページ数を増やして増やしたページをまるごと広告にしてしまえば特に意識はされない。なかなかうまい方法である。

その点グノシーのアプリは、いつのまにか記事に紛れてしれっと広告をいれこんでくるようになった。

毎朝バシッと、ファイルにでも入れられて入っているようなスクラップブックを作っていた優秀な美人秘書のグノシーはいつのまにか、「ワタシが今買って欲しいもの(ハート」的なモノがしれっと書かれた新聞紙を、それもリアルタイムでまさに「紙飛行機」にでもして僕に飛ばしてくるようになってしまった。

もちろん、何事もタダなんてことはありえないので、多少の可愛げがあってもいいけれど、あまりにも節操がなくなれば、「僕は紙飛行機をつくってとお願いしたつもりはないよ。さよなら。」となるだけである。


そして、今のグノシーアプリの広告はびっくりするくらい節操がない。

ここに書かなくても、実際に使ってみればすぐわかる。

「スクラップブック」だったはずのgunosyは時代のトレンドに追い越されじと、膨大な資本を投下し、「メディア」になろうとしている。

お金を入れたからには、人を雇わないといけないし、人を雇ったからにはなにか仕事をさせないといけない。何か仕事をさせようと思ったら、稼ぐ仕組みをつくって、仕事をつくらないといけない。

今回のgunosyのアップデートからはそんなグノシーの苦悩しーが伝わってくるようである。

かつて、かの日本を代表する最高学府の学生がつくりあげた「スクラップブック」は「メディア」の夢を見るか。

あるいは黄昏に消え行く、一介の紙飛行機となりゆくか。

将来が楽しみである。


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佐々木 紀彦
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