イスラム国から学ぶ未来の国の在り方。

今日は建国記念日で、日本は祝日。

「国」ということで直下の話題というと、やっぱり「イスラム国」の話題だろう。

「危険地に行った自分が悪いだろ!」と自己責任論が吹き荒れていたかと思えば、ことが過ぎた現在となっても今度は「イスラム国をイスラム国って言うな!」などと身勝手なイスラム教への正義感を振りかざし今となっても騒ぎ立てている様は暴力的手段で政治的主張や騒動を巻き起こし関心を引くというのがテロリズムの目的なのだとしたら完全に思う壺どころか、あまりにも狙い通り過ぎて、先方ももはや感無量といった所だろう。


イスラム国について語る時に、日本だと日本赤軍とかオウム真理教とかの事例の文脈で語られることが多いけれども、

イスラム国という集団を果たして国とよぶか、というところで考えると、僕は国だと思っている。それもこれから人類が直面する新しい国という定義であるものの可能性が高い。逆にISISだとか過激派組織といったような、従来のワーディングだと、事の本質を過小評価してかえって弊害になりかねないのではないだろうかとも思う。


そもそもイスラム国がここまで一気に世界の表舞台のトップに踊りでたのは、半年ほど前のモスルという都市を陥落させたというニュースが大きい。

モスルと言うと、あまりピンとこない人も多いと思うが、イラクの首都バクダットに次ぐ第二の都市、300万人の人口を有する超巨大都市なのだ。あさま山荘みたいなところにこもって悪巧みしてるんじゃなくて。

日本で相対的に考えたら、大阪・関西一辺を統治下に置いたということをイメージすれば、このインパクトの大きさがよくわかると思う。それで北斗の拳の世界みたいにヒャッハーww汚物は消毒だーwwと、私利私欲にまみれて好き勝手にしてくれていたらまだ話は早いのだけれど、そこで既存の都市インフラを引き継いで、普通に都市を運営しているのがまたことさらややこしくしている。電気や水の供給のほか、銀行や学校、裁判所、礼拝所、パン屋といった公共サービスを内紛や内戦で荒廃しまくっていたイラク・シリア内でやっていて、ゴッサム・シティみたいなカオスな空間に厳密なイスラム法を持ち込んで、まがりなりにも治安維持を確立しているのがイスラム国という組織らしい。

ご丁寧にも、月刊イスラム国便りみたいな、行政紙も毎月発行していて、向こうのウェブサイトとかに行けば見れるんだけど、ちゃんと決算資料とかを作っていたり、こっちで言う消費者庁みたいなのもあって、消費者の皆様、製品や商品でお困りのことがあれば消費者庁までお電話ください、みたいなのもきちんとあってビビる。

そもそも俺らが思い描く、過激派組織とかって消費者庁とか裁判所とか持って公共サービスを運営するものだっけ、って考えるとこのイスラム国を単なる過激派組織と称するのは事態をかえって甘く見ることにつながり、ことの本質を誤らせるだけなんじゃないかとすら思う。


まぁ、でもこちら側から見て目立ってやってることは思いきり人道に反する、過激行為なので、連合軍による空爆は激しさを増しているし、このモスルにも今度アメリカ軍が大規模武力行使をして奪還作戦が始まるらしい。

ネットでの意見を見ていても、それこそ一体を徹底的に爆撃して死滅させろ、とか、いっそのこと核でも使えとか過激な意見も多い。

そこで思うのは、イスラム国というのはいったいどこまでがイスラム国なのだろうか、というところだと思う。

これが単なる、あさま山荘事件とかオウムとかだったら話は簡単で、建物をぶっ壊すなり、引きこもっている代表や関係者をしょっぴいて殺すなりで収まるのだけれども、果たしてそれがイギリス本土の面積に匹敵する支配地域を持っていて、実質的に統治されている場合、一体このイスラム国の関係者、過激派とやらはどこまでのことを指すんだろうか。わかりやすく銃を持っているのがそうなのだとしたら、果たして、指示系統にしたがって渋々だけど銃を持っている人は? あるいは警ら作業のために武器を持っている警察は? あるいは武器を持っていなくても、生活や商売のために兵士の兵站に関わっている民間人は? 輸送作業に関わる人員は?

その線引をするのはいったい誰がどうやってするのだろう。

そしてまた厄介なのがイスラム国の首謀者はよくわかっていない。もしかするとすでに死んでるのかもしれない。それすらもよくわかっていない。というか、イスラム国のPVには、代表者がほとんど出てこない。出てくる人も名前もよくわからない。変わって必ず出てくるのはかの黒旗だけだ。

そう彼らにとって組織のトップは「旗」なのだ。

イスラム国がどうしてこうもあちこち全方位に敵をつくって空爆で返り討ちにされるような馬鹿げた事をしているのかと疑問に思う人は多いと思うが、イスラム国はこれがイデオロギーの戦いなんだと言うことを熟知しているのだと思う。それもそのイデオロギーは新しいイデオロギーでなく昔から何千年と受け継がれてきた、イデオロギーである。


日本の我々の社会で考えて見るとわかりやすい。


今の社会では自分が住むマンションでさえ、他の住人のことは何も知らない。隣人が病気で苦しんでようが、死にかけてようが、貧しかろうが、富んでろうがなんだろうが、知ったこっちゃない。自己責任だろ。でおしまいだ。また会社が入っているビルだって、フロアが違って会社が違えば互いに顔も名前も知らないし、例え潰れかけてようが助けないのも当然だ。


でもそれが、自然災害時だったら? 例えば地震や火事が起きたら? そこには俺は3階の住人だからとか、別のフロアの社員だから考えが違うとか、そういったことが起きる余地があるだろうか。皆がそれぞれ助け合うし、そこには貧富の差も、考え方の差もなくなるだろう。

地震のような天変地異であれば、それこそ恨み節を言うたところで仕方がないというものだが、これが例えば同じ別の人間がやっている行為だったらどうだろう? 

「4階の住人が社会を脅かす極悪人だったから、4階の住人を空爆で皆殺しにしようとした。3階や5階の被害は間違いで攻撃することもあるが、故意に狙っているわけではない」、といって爆弾を落とされたところで、彼らからすると、自分たちを脅かす災害以外の何者でもない。

そこには自分は自分は3階の住人だから5階の住人だからと言った考えの違いよりも、ただこの災害に立ち向かうという目的のイデオロギーで染め上がった強固な共同体が生まれる。そしてその事実こそが自らの何のために生きるのかというアイデンティティーをはっきりさせてしまう。

たとえ建物や兵器は物理的に壊されても、イデオロギーという精神そのものは決して壊されることがない。そしてイデオロギーというものは場所に固定されることもない。

そう、イスラム国というのはもはや、国というものをハードウェアとして見ていないのではないのだろうか? そしてあるいはイデオロギーとしてのクラウドとしての国を目指しているのではないだろうか? とすら思える。


事実、イスラム国は現在も恐ろしいほどの勢いで世界各国で人を集めている。爆撃が苛烈さを増す一方で、かえって世界各国からの外国人戦闘員が増えているらしい。そして世界の同調した過激派集団がテロ行為を起こしている。

ただそこには組織的な拉致監禁や徴発機関があるわけでもないし、また、世界各国で指示系統があってそれをもとに行動を起こしているわけでもない。それぞれが自らの意思で行動しているだけだ。

ここに今までの常識だった既存のハードウェアとしての概念の国を超えた新しいクラウドとしての概念の新しい「国」が生まれているのではないだろうか。


ビジネスや実社会の世界ではIT技術の発展により多くの劇的な変遷が起きている。

ハードウェアからクラウドの時代へ。

この写真がその変遷を考える上でわかりやすい。最小限のハードウェアさえあればそのクラウド上でいくつものサービスが展開できるようになった。

もはや世界を超えるサービスをつくるのに、世界各国に大規模な拠点を作る必要もなくなった、大きな工場で何万人もの作る必要もなくなった。

学生がたった数人でつくったアプリやサービスはあっという間に海を超えて、何千億もの価値を生むようになった。

このように国境を超えてグローバルに急成長をし、破壊的イノベーションで、大企業の将来すら脅かす企業はスタートアップと呼ばれるようになった。かつて世界を席巻した日本のメーカーや製造業もこの波に翻弄されつつある。

ビジネスとしての在り方がこのような変遷をとげているのであれば、いわんや国という在り方も変遷を遂げていくのでは?というのも至極当然の考えだ。

特に日本という国は、ハードウェア的な概念がビジネスだけでなく政治としても深く染み付いていると思う。

日本人とは何か? という問いに対して、かえってくる言葉は、海岸線で区分けされた同じ島国で生まれ、同じ見た目の人種で、同じ言葉を話すという認識を持つというのが当たり前だった。
でも、それは変わりつつある。
例えば、昨年ノーベル賞をとった中村修二氏は、日本生まれだから日本人だと思うものだが、すでにアメリカ国籍を取得しているためノーベル賞の受賞プロフィールではアメリカ人である。これはあくまで日本で生まれて国外へわたった人間の一例で、もちろん逆の場合もあるだろう。これからはそんなのが珍しくなくなるのではないだろう。

近いうちにハードウェアとしての日本は終わっていくのだと思う。

日本の社会制度は現行のままでは維持することができない。そして経済もまた現行のままでは維持することができない。日本というハードウェアそのものが今までのままでは成り立たない時代がくる。多くの人間が日本という国に入ってきて、また日本から出て行く人間も多いだろう。そこから先の国とはクラウドのイデオロギーの世界。

これからの日本人とは何か? 日本人とは日本国という物理的なインターフェイスを超えて、新しいイデオロギーをつくることができるのだろうか? 果たして自分が老いるころにいったいどうなっているのだろうか? 

今この瞬間も大きな世界史の変遷に来ているのだと考えると、いろいろ感慨深い。

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