セックスブラックボックスズ
その日、僕は女の子と二人でお酒を飲んでいた。
アルコールが入って少し頬を赤らめた彼女はどことなく妖艶な雰囲気を纏い、
ふとした折りに寄りかかった身体からアルコール臭い吐息がもれると、身体が締め付けられるようにドキドキした。
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人間の三大欲求と言えば、食欲と睡眠欲と性欲だ。
この中でも食欲と睡眠欲というのは、我々はそれこそ義務教育中から、厳しく是正される。
学校ではお昼の時間は決まっているし、食べ過ぎや間食は悪い事だと叱られる。
好き嫌いなんてしようものなら、「アフリカには食べたくても食べれない子供たちがたくさんいるんだ!。」という謎ロジックで無理矢理食べさせられた。
睡眠欲だって同じように、厳しく是正された。
朝はどんなに眠くても必ず学校に行かないといけないし、授業中に居眠りをしようものならゲンコツが飛んできたし、
早寝早起きといって、夜更かしはいけないものだと怒られた。
こうして僕たちはある程度食欲や睡眠欲については、正しい答えとはこうあるべきという模範解答を示されて、一定の秩序の中でコントロールできる能力を植え付けられて社会に送り出された。
でも、性欲はどうだったんだろう?
もちろん紋切り型的な性教育というのはあったけれど、自分の中に潜むとどうむきあっていくか、何が正しいかという答えに関しては完全に各自の人生が責を負わされた。
性欲、セックス。それは、完全にブラックボックスだった。
中学生のときにクラスのあいつとあの子がつきあってるって話題になったとき、そういうのはちょっとおませな一部の人達だけの話で、自分を含む大多数にはまだまだ早いのだと思った。
高校生のときに、中学では大人しかったあの子がヤリまくりだって話を耳にしたとき、セックスなんてこういう不良が面白半分にしているもので、ほとんどの高校生には無縁のことだと思っていた。
大学生でサークルの先輩が彼女と同棲しているなんて聞いたときには、ほとんどの大学生は普通に一人暮らししてるか、実家から通っていたので、そういうのは恋愛がトントン拍子に進んだ一部の人達の話だなと思っていた。
社会人になり、まわりの知り合いが結婚するってちらほら話が出始めた。でもまだ結婚するやつなんて少なかったから、まだまだ遠い未来の話だなと思った。
しかしすでに同年代の大多数は恋愛経験を積み、すでに人生の伴侶をみつけているということに気づいて愕然とした。
俺が女の子と付き合ってそういう生活をおくるのはまだ早いのだと、ずっとそう思い続けてきた。
いつそういう時期がくるのかはわからないが、そのうちくるだろうと軽い気持ちでいた。
なんせ、セックスといえば、2次元やAVの中の出来事でリアリティがなかったから、こんないやらしいことをみんな当たり前のようにしているなんてとてもじゃないか現実感がわかなかった。
でも実際は恋愛やセックスは当たり前で、気がつけば自分の方が社会の中でのマイノリティだった。
FacebookやTwitterには、毎日いろいろな人がいろいろな事を投稿する。まるでその人の生活が手に取ってわかるようだ。
お腹がすいた。だの眠い、だの。この飯がうまかっただの。今日はどこへいっただの。誰と遊んだだの。
でも、性欲ど真ん中のポストは、決して流れることなんてない。
そこは完全に隠されたブラックボックスなのだ。
ナイスガイな投稿で埋め尽くされたFacebookの隣のタブでは、かわいい顔した女の子が甘美な声をあげ腰をふっている動画が流れ、なんのことのないツイートとツイートの間のひとときには、互いに吐息と吐息が混じりあう濃厚なひと時が流れている。
世の中はその人が何を公表したかより、その人が何を公表しなかったかの方がずっとずっと真実に近いのだ。
そんな彼女のブラックボックスに踏み込みたい?
だったら答えは簡単だ。
X=金+顔+面白さ
シンプルなこの方程式を解けば良い。
顔が足りない? だったら彼女を笑わせる面白い人間になれば良いさ。
顔も面白さもない?
だったら、金を積むしかない。
唸るほどの金をつかむしか無いよ。
いい女とヤリたい。
結局、この思いが自分に社会性をもたらしてくれる。
頑張って稼いで、今の俺だったらこの子とヤれるんじゃね?という、そういう淡い期待が勤労の糧なのだ。
数百円もあればお腹がいっぱいになり、一畳の布団でスマフォ片手の快眠を貪れる、ジャンクで満たされたこの世の中で、社会とつながる最後の絆、それが性欲なんだ。
「恋という漢字にだって「下心」がある」と言うけれど、「志」だって「芯」だって下心があるんだよ。
下心のない志なんてないし、下心のない芯のある人なんていない。
豊臣秀吉だって、勝海舟だって、伊藤博文だって、ガンジーだって、いわんや二宮金次郎だって
みーんなドがつくくらい性欲の固まりだった。
世界を変える一歩を踏み出すには、性欲しかありえない。
エロが大事だ。
男は全てティムティムが固いうちが勝負なんだ。
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「ふふふ。だーめ。またね。」
彼女はそういって終電ギリギリの電車でかえっていった。
どうやら、まだ僕のXは一定値に達してないということらしい。
「アフリカでは食べたくても食べれない人たちがいるんですよ!」
先生に怒り心頭な目を向けられた小学生の僕は、給食の残りの嫌いな野菜を無理矢理口に押し込んだ。
その甲斐あってか定かかは知らないが、
1985年に5億5千万人だったアフリカの人口は2010年位は10億人までふくれあがった。
食べたくても食べれなかったはずのアフリカの子供達は元気にやっているだろうか?
それとも、いや、もしかすると
「日本にはセックスしたくてもできない人たちがいるんですよ!」
だなんて言ってるのかも、ね。