コンテナ物語に学ぶ事業の考え方 -なぜただの「箱」が世界を激変させたのか?-

以前書いた兵站にまつわるエントリが思いの他、反響があったのでせっかくなので兵站に関係する本でも読んでみるか、と探していたところ大変素晴らしい名著を見つけた。

 

コンテナ物語―世界を変えたのは「箱」の発明だった
マルク・レビンソン
日経BP社
売り上げランキング: 2,670



著書自体は2007年の発刊で、内容の記述も主に1960年代についての記載であるにも関わらず、かのビルゲイツ氏が2013年に読んだ記憶に残る7冊の本でもとりありあげた1冊であり、読書家でありビジネス書の類いを嫌う元Microsoft日本法人副社長の成毛氏も著書の中で推薦されていることからも、この書籍のインパクトの大きさが伺いしれる。


本書の副題に世界を変えたのは「箱」の発明だった、とあるように、同著はコンテナの登場を機に世界が激変していく様をコンテナ生みの親であるマルコム・マクリーンという起業家を追って展開していく。


裸一貫でトラック運転手から陸運会社を創業した、マルコム・マクリーンは荷物を安く、効率的に運ぶにはどうすれば良いか、という考えから「海運も荷物を運ぶ産業である」というセンターピンを見抜き、陸運・海運トータルで最適化される「コンテナ」という着想を得て、様々な困難を乗り越えコンテナ輸送を始める、その一連のお話が同著には詳細に記載されている。

 

 

コンテナが20世紀最大の人類の発明だった、と言ったら皆さんはどう思うだろうか? そんな馬鹿なと思うに違いない。

そうである。あの船や港に無数に置いてあるあの鋼鉄製の箱が、20世紀最大の人類の発明だと言うのである。


しかし、同著を読み進むに連れて、このコンテナがただの箱の発明ではないことに気がつくだろう。

そして読み終わったころには、この「箱」の登場以前とその後とで変わった世界の姿に驚愕することとなる。


ただ、コンテナという物自体は、マルコム以前にも存在している。鋼鉄製の箱に物を入れて運べば管理も運ぶのも楽チン。考えれば誰でも思いつきそうなものだ。しかし、そこに陸運・海運トータルで規格化・最適化される輸送システム、という着想でコンテナを捉えたとき、それは世界を変える革命となったのである。



例えば、港というと皆さんは何を思い浮かべるだろうか? 

映画なんかのイメージを参考に昔の港を思い浮かべてみて欲しい。

馬やクルマや人が絶えまなく騒々しく行き交いし、喧噪が絶えない光景を浮かべた人が多かったのではないだろうか?

そう、コンテナが登場する以前、そこにはひとつの産業そして街の姿があった。

船からの荷揚げ荷下ろしの作業は船から桟橋へと荷物を移動させるために、多くの作業員を要する仕事であり、沖仲士と呼ばれるこれらの港湾労働者は体力自慢の荒くれ者が高賃金を稼ぎ出す労働者の中でも花形の職種であった。

しかしコンテナの登場により、彼らの仕事は消滅の憂き目に合う。コンテナに積み込まれた貨物は、クレーンでもののわずかの時間で船から降ろされ、あるいは次々と積み込まれていく。そこに人が介在する余地はなくなった。

ここにひとつの職業が地球上から消滅したのである。


そしてコンテナの登場は、街の構造自体をも変えてしまう。

コンテナが登場する前は、荷揚げ荷下しの輸送の時間的、金銭的負担を少しでも下げるために、製造業の企業はこぞって港に近いところに工場や拠点を構えた。そしてそれらを中心に人や仕事が集まり、産業が生まれ街が形成されていった。そう、「港」を有することが街であるための必要条件だったのだ。

しかしコンテナは街の姿を一変させる。コンテナに積まれた船にとって必要なのは、人が行き交う港ではなく、システム化された大規模なターミナルを備えた港である。

コンテナは今までの港街ではなく、大規模な物流ターミナル機能を備えた新興の港に荷揚げされ、そこからトラックや列車で工場や店舗の目的地へ運ばれていく事になった。

港の近くに工場や拠点を置く必要はなくなり、そこに人が集まる理由が無くなった。

そして、ここに港を中心として発展を遂げたいわゆる狭義の「港町」が地球上から消失した。


そしてコンテナの登場による、物流の変化は、周囲を海に囲まれた極東の島国日本にも大きな革命をもたらした。

四方を海に囲まれ、資源にも乏しく、海上輸送の負担が避けられなかったはずの極東の島国は、コンテナの登場によってその姿を大きく変えた。海上輸送の構造を劇的に変えたコンテナにより、世界各国から原材料を積んだコンテナがひっきりなしに日本に送られ、そしてまた日本から出て行くコンテナには日本の電化製品が満載され、日本の高品質の電化製品は米国や欧州を席巻し、資源に乏しい極東の島国はあっというまに輸出大国に変貌した。

ここに一つの国のありかたですら変わった。

こうやって振り返ってみるとこのただの「箱」が我々にもたらした影響がいかほどの革命であったことに気がつく。

コンテナを単なる「箱」としてではなく、システムとして見たときに、それは革命となったのだ。


もちろん、こんなコンテナがもたらしたおおきな変革のような大きな確変はそうそう起こりうるものではない。

ただ、どんな事業であれこのコンテナライザーション的な着想を持てるか、というのが事業をやっていく上でとてもとても大事だからこそ、世の中の事業家はこぞってこの本を愛好するのだなぁ、と僕は思ったのだ。


例えば、僕が今年読んだ本の中でオススメしたい名著に「Hot Pepperミラクル・ストーリー―リクルート式「楽しい事業」のつくり方」という本がある。

 

 

Hot Pepperミラクル・ストーリー―リクルート式「楽しい事業」のつくり方
平尾 勇司
東洋経済新報社
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かのクーポンマガジンのホットペッパーがこうも圧倒的なポジションを築いた要因について同著ではいろいろ記載があるが、その中でも特に秀逸なものとして彼らの「広告枠の1/9固定化」というのをあげたい。これこそまさにコンテナライザーション的な発想であろう。

実はホットペッパー以前にリクルートはクーポンを付けた地域情報紙を発刊して手痛い失敗をしている。クーポン自体にはさほど目新しさはないのである。

その失敗を活かし、ホットペッパーではクーポンをフォーマット化し、固定枠のクーポンだけで構成された紙面をクーポンマガジンと称して世に送り出したのである。

コンテナライザーションについての洞察を持っていると、この意味が理解できる。

従来の情報誌はとても作成するのにコストがかかった。お店毎に記事の紙面スペースを考えて、クーポンもあったりなかったり、営業やデザイナーとの意見の擦り合わせも発生するし、紙面のフォーマットが複数になることで大口顧客や小口顧客といった概念も発生したりとややこしくなっていた。

そこでホットペッパーではこれを「広告枠を1/9固定化」フォーマットとしてしまったのである。

これにより、営業マンがデザイナーとの打ち合わせをせずともそのまま原稿を入稿することができるようになり紙面の枠組の打ち合わせ工数が激減する、営業もぐんとやりやすくなる、お得意様だからと気を使ったりする必要もなくなる。

ここに広告枠のコンテナライザーションが起こり、情報紙の概念が変わったのである。


このように成功したビジネスを掘り下げていくと、たいていの場合コンテナライザーション的な切り出し方にぶちあたることが多い。

その示唆を多くの事業家に与えてくれる、同著は全ての起業家、いや事業に携わるべき人間が読むべき、必読の書であると言えるだろう。